木漏れ日の中で…

ジリジリと、太陽が照りつける。日よけに被った麦わら帽子は何の役にも立っていないようだ。そして、太陽の日差しを 強調するかのように、うなり続けるセミの合唱。

これを夏と言わなくて、なんというのか・・・。少女は、まだ頂上が見えない坂道を自転車で登っていた。向かい風もなく 追い風もなく、ただひたすらに太陽が照りつける。アスファルトからは熱気が伝わってくる。時折通り過ぎていく車を横目に 見ながら、少女は必死に自転車をこいでいた。

少女の自転車のカゴには、3冊の絵本が入っていた。どれもお気に入りの絵本だった。少女は、ふと絵本が視界に入り、自転車を こぐのを止め、自転車から飛び降りた。そして、少し先にある街路樹の木陰に自転車を置き、一冊の絵本を取り出した。

それは、勇者のお話だった。ある時、竜に襲われて困っている村を訪れた勇者が、竜を退治するというお話だった。少女は勇者に 憧れていた。困っている人たちを助けてくれる勇者は本当にいると信じていた。

少女は、お母さんに聞いた・・・「どうしたら、勇者に会える?」お母さんは少し困った顔を見せたが、すぐに笑顔で 教えてくれた。「あなたが、一人で何でもできるようになったら、きっと勇者に会えるわよ」少女はがっかりした。 まだ、一人で二階に上がって寝ることができなかった。一人でお買い物ができなかった。

それでも、勇者に会いたかった。「わたし、一人で絵本を返してくる。」少女はお母さんにそういうと、自転車のカゴに借りてきた絵本を 入れた。「気をつけるのよ」お母さんの声が後ろから聞こえた気がした。しかし、少女には聞こえなかった。前しか見ていなかった。

いつもは、お母さんの自転車の後ろに乗せてもらって通っている道。でも、今日は違う。小さな体を精一杯使って、自転車を前へ進ませた。

しかし、一度、木陰で休憩すると、一気に元気を失ってしまった。坂道はあと半分はある。少女は悲しくなってきた。勇者が竜を退治する絵を見つめながら、 一粒、二粒と涙が頬を伝っていった。言いようの無い不安に襲われて、とうとう声を上げて泣き出してしまった。 この真夏の暑い時間に通る人影はなかった。少女は寂しさで押しつぶされそうになった。

「どうしたの?」不意に後ろから声を掛けられる。少女が振り返ると、そこには絵本で見た勇者が立っていた。 「どこか怪我したの?」少女は驚きで声が出なかった。ただ、首を横に振ることしかできなかった。勇者は少女が持っている絵本を見つけ 笑顔で言った。「もしかして、この先の図書館に行くのかな?僕もこれから行くところなんだ。一緒に行こうか」少女はだまってうなずいた。 そして、勇者は少女の自転車を押しながら、少女の歩幅に合わせてゆっくりと歩き出した。少女は勇者の絵本をギュッと両手で抱きしめたまま あとからついて行った。

勇者はいろんな話を聞かせてくれた。セミがどうやって大人になるのか。虹はどうやったら作れるのか。おもしろい話が次から次へと 出てきて、少女はいつの間にか笑顔を取り戻していた。そして、いつの間にか、勇者よりも先を歩いて、最後には駆け出していた。

図書館に着くと、勇者は自転車から残りの二冊を少女へ渡してくれた。「一人で頑張ったね!帰る時は気をつけるんだよ。」そう言って見送ってくれた。 「勇者さんは、行かないの?」少女は悲しくなって勇者の手にしがみついた。「僕はね、先にやらないといけない用事があるんだ。また会おうね」 少女は聞いた。「また、私が困ったときは助けてくれる?」勇者は少女の頭をなでながら答えた。「大丈夫、キミならもう一人でなんでも出来るよ。 やってごらん。それでも駄目なときはいつでも、かけつけるよ。」勇者の顔を少女はこの目で焼き付けておこうと顔を上げた。しかし、木漏れ日が 眩しくて、勇者の顔を見ることが出来なかった。そして、勇者は駆けて行った・・・。

おわり・・・