Make Sure The Dream 1
今という時間は「今」しかなくてそんな事を言っている間に、「今」は過ぎて新しい「今」がやってくる。
永遠とその繰り返し。だから、一瞬一瞬が新しい自分。「今」を生きている自分は「今」しかいないんだから・・・。
だから、私は「今」を笑顔で過ごしたい。
4月のある朝、日差しはとても柔らかかった。この季節の太陽は無理に主張する事もなく、かといって遠慮する事もなく
優しげに照っている。栞はこの季節が来ると毎年、そんな風に太陽を感じていた。後ろから後押ししてくれているような気がして、
いつも春になると何かに「挑戦」しようという気になる。(今年は何をしよう)栞は空を見上げながら考えていた。
栞はマンションから歩いて20分程のところにある雑貨屋で働いている。普段は自転車で通っているのだが、こういう天気のいい日は
気分を変えて歩くこうと、少し早めに出てみる。不思議とこういう時には良い事に出会う事が多い。今日は優しい太陽の日差しに出会えた。
それだけで、栞には幸せだった。何でもない当たり前と思うような事が栞には幸せで仕方がなかった。
例えば、
暖かい布団で寝れた時。
炊きたてのふっくらご飯を食べれた時。
友達からメールが来た時。
「栞って、天然?」友達に聞かれる事もあった。これって天然って言うのかな?
「もっと欲を出したっていいんじゃない?」
よく大学時代の友達に言われた。
「好きな芸能人とかいないの?せっかく東京に出てきているんだし、追っかけたりしないの?楽しいよ!」
別に興味は無かった。天然とも思っていなかった。ただ、自分が興味を持っているものが周りの子達と違うだけ。
そんな風にしか思っていなかった。
その当時、栞がはまっていた事といえば「洋裁」だった。地味といえば地味なのだが、洋服が一着出来上がった時の
達成感はきっとマラソンのゴールより大きいだろう。持久力がいるものだ。
スカートであれば1日で出来るが、ジャケットやコートを作るとなるとそれなりの日にちが掛かる。
納得がいくまで何度も縫っては解いてを繰り返す。投げ捨てずに作った成果がそのまま形になって出来上がる。
なんとも言えない喜びだった。
元々、「洋裁」は趣味で始めたものだったので、特別な知識があったわけではなかった。しかし、いつの間にか
自分も回りも栞は洋裁の仕事に就くのだろうと思うほどの技術を身につけていた。
そして、気がつけば、雑貨屋さんで働いていた。ハンドメイドの木で作った人形や小物を扱った店だった。
店長さんが自ら北欧まで出向いて仕入れていた。木の温もりや一つ一つが愛情を持って作られた小物たちは
見ているだけで癒される。栞はこの店が大好きだった。
まだ大学生だった栞はこの店に通う事が楽しみだった。そしてある日、店長の咲良に声を掛けられた。
「あなたが着ている洋服って手作り?」それはちょうど、完成したばかりのワンピースだった。
レースを着けたりして、ちょっとアレンジをしたものだった。
「はい、そうですが・・・」
咲良は興味深げにワンピースを見ていた。
「ねぇ!うちで働いてみない?」突然の事で栞の頭には「?」マークが飛び交っていた。
「えっ・・・なんでですか・・・」
「今度、うちでリメイク小物なんかを置こうかなって考えていて。ほら、ジーンズの生地を使ったポーチとかあるじゃない?
ああいうのを置きたいんだけど、仕入れるとなると結構高くなっちゃうのよ!それに、あまりセンスが良くないものも多いし。」
なんとなく続きが分かったような気がして栞はおずおずと咲良に聞いてみた。
「もしかして、私がそのリメイクをするって事ですか?」
「そう!どう?あなたのそのワンピースを見て、色の合わせ方やレースの使い方がいいな〜って思って。縫製も丁寧だし。
どうかな?」咲良は期待の目で見つめていた。
断る理由も思いつかず、それよりもお気に入りの店で大好きな洋裁で仕事が出来るなら願ってもいない話だった。
「私でよければ・・・」
「よし!決まり!ヨロシク!」咲良は手を差し出し、栞と握手した。
あれから、3年。大学生でのバイトでスタートした仕事だったが、今ではフルタイムで働いている。
栞は幸せでいっぱいだった。かわいい小物たちに囲まれて、大好きな洋裁が毎日出来て、そして今日は天気がいい。
鼻歌まじりで歩いていた。
栞は公園を歩いていた。公園を抜けると近道になるので、歩いて店に向かう時は公園を通る。
この公園は中央に池があり、かなり大きい公園だった。休みの日には家族連れやカップルも多く訪れる。
今は平日の朝なのであまり人はいない。たまに犬の散歩をしている人とすれ違うだけだ。
栞は池の水面が太陽でキラキラと揺らめいているのを見ながら歩いていた。すると突然、突風が吹いた。
目の前に白い紙が舞い上がり、栞の頭上を越えて池に落ちていく・・・
「あ・・・」栞が手を伸ばしても届きはしなかった。そのまま、ゆらゆらと池に1枚、2枚と次々に落ちていく。
栞は白い紙たちに気を取られていて、背後に人がいる事に全く気がつかなかった。
まだ、空中に漂っていた紙を取ろうと手を伸ばした時、自分よりさらに高い位置で紙を掴んだ手が視界に飛び込んできた。
栞がビックリして振り返った先にいたのは、大学生と思われる青年だった。