Make Sure The Dream 14

 いよいよ、本番まであと1週間となった。それまでの明るい雰囲気の練習も、今は緊張感が漂うものへと変わっていた。 物静かな颯からは容赦ない、罵声が飛ぶ。普段の颯からは想像出来ない姿だった。栞は稽古場の端で体を硬直させたまま 立ちすくんでいた。完全にその場の雰囲気に飲み込まれていた。

「カッコいいですね、颯さん」菜月が小声で囁く。
「普段、あんなに大きな声で叫ぶところ見せないから、そのギャップがなんかいいですよね」菜月はこの雰囲気に全く動じていなかった。

 颯は役に入ると、全く別人になってしまう。そこにいるのが栞であっても、颯が接する栞ではなくて、一登場人物が接する颯になってしまう。 −それほどまでに、役に入り込むタイプだった。
 それに比べて匠は、ONとOFFがはっきりしていた。手先が器用なだけでなく、そういった感情のコントロールも器用なようだった。
 響は境目がなかった。普段から本心が掴めないふわふわとした性格をしていたため、どれが役柄でどれが本心か分からなかった。

 栞はポーっと、練習を眺めていた。今までこんな光景は見たことなかった。いつもミシンで小物を作って・・・人の輪の中へ飛び込むことに抵抗があった。 ほんとはいつでも、飛び込みたかったのかもしれない・・・でも、どうすればいいのか・・・方法を知らなかった。

ぱーっん!
手を叩く音がした。これはこの場面が終わった合図だった。その音を合図に、匠と響はその場にうずくまる。
「あ〜疲れた!」
「もう、立ってられねぇ〜」
二人とも、接着剤でくっつけられたように、床から離れずに倒れていた。すぐさま菜月がタオルを持って二人のもとへ駆けつける。
「お疲れ様です。」
「菜月ちゃん、ありがとう。」なんとか上半身を起こして匠はタオルを受け取った。響は声も出ないのか衰弱しきって無言で受け取る。

「お疲れ様です。」栞も颯のもとへタオルを届けにいった。颯はしばらく栞と目を合わせたあと、タオルへと視線を戻し、「ありがとう」とつぶやき受け取る。 (まただ・・・)芝居後の颯と目線が合うとき、その颯は別人の人だった。初めは驚いたが、匠から役が抜け切っていないことを聞いてからは慌てない。 だいたい、汗をひとぬぐいするといつもの颯に戻る。

「毎日、毎日練習につき合わせちゃってごめんね。仕事は大丈夫?」いつもの颯だった。
「いえ、大丈夫ですよ。それに、自分が作った衣装に何かあったらすぐに直したいですし・・・」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。やっぱり演劇って裏方の人たちのサポートがあって始めて完成するし、 そういう意味じゃ役者は一番弱い立場かもね」颯はペットボトルのお茶を手に取りながら話し続けた。
「でも、やっぱり、私は少なくとも私は役者の皆さんがいるから、がんばろうって思ったんです。 衣装だけあっても衣装は輝けないし・・・う〜ん、うまく言えないけど、やっぱり中心にいるのは役者のみなさんじゃないですか? 言わば、『太陽』。私たちはその太陽の周りを回る惑星たち。」栞は言いながら、恥ずかしくなり、うつむいた。
「ありがとう。そう言ってもらえると、僕たち役者も頑張りがいがあるよ。そうか〜そういう考え方もあるんだね。 僕はパズルみたいに考えていたんだ。どれかひとつがかけても最高の作品は作れない。役者も一つのピース。そう思っていたんだ。 さあて、そろそろ、再開するか!匠!響!次の場面やるぞ!」部屋の中央で倒れこんでいる二人に声を掛ける。

「無理〜!!」二人同時に返事が返ってくる。こういう時は息が合うようだ。
「休憩して、まだ5分しか立ってないじゃないか!」響はようやく体を起こす。
「さっきの感覚が残っている間に、繰り返しやった方がいいと思うんだ。」颯はタオルとペットボトルを床に置いてから二人のもとへ行く。近づいてきた 颯を匠が引き寄せて倒れさせる。そこへ響が馬乗りになって小声で囁く。
「栞さんが来てるからってはりきってるんじゃねぇのか?」
「な、何をばかな事言ってるんだ?今までから、練習はこんな感じだったじゃないか」颯はジタバタともがきながら答える。
「いいや、いつもよりお前は張り切っているね。俺たちは別に反対しているわけじゃないんだぜ、むしろ応援したい位だよ。 お前は、全然そっちの方には興味がなかったから。」匠も抵抗する颯を後ろから羽交い絞めにしていた。

「ま、この件に関しては俺たちに任しておいてくれや、な?」颯の返事を全く聞かず、二人はこの状況を楽しんでいた。 そして、颯を締め上げたまま、十分に休憩を取っていた。