Make Sure The Dream 8

 彼らの落ち着きのない態度の訳はこういう事だった。

 彼らは演劇ユニット『スペース・シャトル』を結成したものの、自分たちだけでは何も出来ない事を分かっていた。 つまりは、音響、照明、小道具、大道具、衣装、制作・・・劇場でお芝居をするには役者だけでは何も出来ない。 裏方スタッフがいて始めて作品が完成するという事だった。音響や照明は幸いな事に響の同僚に協力してもらう事ができた。 道具は匠が作った。だが、衣装だけはなかなか協力者を見付ける事ができなかった。 というのも、今回のお芝居はデュマの「三銃士」をテーマにした作品のため、自分たちの服をそのまま使う事ができないのだ。
 衣装を担当していた演劇仲間に、何度か頼んでみてみたものの、いい返事はもらえなかった。貸衣装にしようかという話も出たが、 自分たちの資金では劇場を借りるだけで精一杯だった。

 匠と響はこの作品を見送って、別の現代劇にしようかと話し合っていた。今無理に難しい作品を取り組まなくても いいのではないか・・・。
 しかし、(旗揚げ公演は自分たちの力を最大限に発揮したい。)という颯の強い希望があり、 彼らはもう一度可能性を探し出していたのだった。

 では、なぜ栞に白羽の矢が当たったのか・・・。それは『ドゥカター人形』がきっかけだった。

 今日の昼だった。響が二人の元へ『ドゥカター人形』を持ってきた。流行好きな響にとってはこれから流行りそうな物を 誰よりも早く手に入れて、自慢する事が楽しみの一つだった。今回もそのうちの一つだった。 颯も匠もいつもの事なのであまり気にも留めていなかった。なんの変哲もない人形だった。
「男のくせに、携帯に人形なんか付けるなよ〜気持ち悪いなぁ」匠が悪態をつく。颯も苦笑気味に人形を手にとって見ている。
「彼女がくれたんだから、いいだろ!」
「おい!この間、彼女とけんかした時『もう、俺恋愛しない。お前らと芝居に身を捧げる』とか言ってなかったか?」 匠がテーブルの下で響の足をけっ飛ばす。
「いいんだよ!恋愛の一つや二つしないと、良い芝居って出来ないって、なぁ、颯」
「颯に恋愛話をしたって意味ねぇだろ〜こいつはほんとに芝居馬鹿なんだから」
自分に矛先が変わり始めたので、颯は慌てて別の話題を探す。
「それにしても、この人形なんで流行っているんだ。」
「え?さぁ〜。どっかの国の人形みたいだけど。」流行好きなわりに、情報がいいかげんな響。
(こいつは本当に流行に乗れているのか?)颯は口に出さず、心の中で呟いた。
「ちょっと、調べてみる・・・。」今いるところがネットカフェだった事もあり、響はインターネットで調べ始めた。
「・・・この店詳しく書いてる・・・ふ〜ん。タイの手作り人形らしいよ・・・。おっ、この店近い。」
(彼女に聞けば早いだろうに、回りくどい事するなぁ・・・)とこれも声には出さずに颯は呟いた。
「なんか言った?」響が颯の方へ顔を向ける。
「いや、何にも。で、なんて書いてあった?」天性の感というのか響は、時に鋭い感覚を見せる事がある。
「タイで作られているお守りみたいな人形。全部手作りだってさ。で、これにお願い事をしたり、 カップルで持つと縁起がいいらしいよ・・・だから、もらったのか・・・」響は携帯に付いている『ドゥカター人形』を見てにやつく。 そこへすかさず、匠がマウスを奪い横から『ドゥカター人形』の紹介ページを食入るように見ていた。
「どうした、願い事でもしたいのか?」響も覗き込む。
「そんな、馬鹿らしい事はどうでもいいんだよ。それより、この店・・・気にならないか・・・。」
「『リメイク小物販売中!店頭で実演販売をしてます。当店のマスコット『アロア』は全部手作り。華麗なるミシン捌きをご覧下さい♪』 ・・・ってこれがなに?」
「なに?って何だよ!人形作る位の腕前だぜ!俺らの衣装作るなんて朝飯前だろ!」匠の言わんとした事がわかった。
「で、いきなり見ず知らずの俺らがこの店に飛び込んで頼むのかよ『衣装作って下さい!』って・・・。ありえねえ・・・。」響は携帯をいじりだした。 颯はだまってパソコンの画面を見ていた。
「何もしないでいるよりましだろ?」匠は響には無理だと思い、颯へ説得を始めた。
「おれ、この店知ってるかも・・・。」颯はパソコンに映っている店の看板を見て、記憶を辿った。
(あの人が働いている店だ・・・)思い出した。台本をすべて無駄にしてしまったあの時に会った人はこの店で働いていた・・・。
「え!?なんて言った?」匠と響が同時に颯の肩を掴んで覗き込む。
「・・・あ、知っているって言っても、大した事じゃないけど・・・でも、今度お邪魔しますって言ったしなぁ・・・」
「なんだ?浮いた話か?」匠が笑いながら肩から手を離す。
「そうじゃないけど・・・じゃあ、まあとりあえず明日にでも行ってみる?」

 と、こんな具合に盛り上がっていた日の夕方、栞が彼らに声を掛けたというわけだった。